好きだったよ―――ただそれは、恋愛感情ではなかったけど。
丘の上で -little life-
暇があれば毎日でも通っている、私の秘密の丘。今まで誰もいたことがなかったのに、この日は先客がいた。
同い年か少し年上に見える、知らない男の子。身に付けているものを見る限りでは、ただの平民ではなさそうだった。
でも、悪い人には見えなかったし、何より私には同年代の友人があまりいなかったから。
だから、どうしても仲良くなりたかったんだと思う、彼と。
次の瞬間には、寝ているのならそっとしておいてあげようとか、失礼だとかいう考えよりも先に、思わず声をかけていた。
「あなた初めて見る顔ね。この辺に、住んでる人なの?」
最近見つけた、日当たりがよいこの丘で、俺は昼寝をしていた。知り合いに見つかりにくいだろうこの場所は、俺にとって唯一安らげる場所で。
そこで、彼女と出逢った。
折角寝ていたというのに、不躾に声をかけられ、ムッとしながらも目を開いた。
(誰だ? 年は近い奴のようだけど……。どっかの貴族か?)
初めに目に入った質の良い服や、身のこなしなどから、ただ者ではないだろうと思った。
だがそんな警戒心は、視線を上げてた瞬間に消えうせて。
目に映ったその笑顔に、ただただ惹かれていた。
彼が起きてくれたことが嬉しくて、何かお喋りしたくて一生懸命話しかけていた。
はじめは、何故か警戒されていたようだけど、少しずつ返事をしてくれるようになった。それだけで、とってもとっても嬉しくなって、とってもとってもドキドキした。
それから、自己紹介をし合った(彼は『グレン』というらしい)。年は私の3歳上の12歳で、実は隣の国の人間なのだと言う。私がシルヴェーヌの者だと言ったら、彼は困惑していた。
何故そんな顔をするのかと尋ねると、
「君の住んでいる国と、僕の住む国が、あまり仲が良くないからだよ」
悲しそうに教えてくれた。
「そんなの関係ないわ。私はあなたの住んでる国じゃなくて、あなたと仲良くなりたいんだもの!! 国が仲良くなくたって、あなたと私は仲良くなれるでしょう?」
彼はすごくビックリして、嬉しそうに、でもやっぱり悲しそうに笑った。
彼の表情に、私まで悲しくなった。
そんな私の頭を、彼は優しく優しく撫でてくれた。お父様ともお母様とも違う、その頭にある感触に、私はすっかり身を預けていた。
その手は、とても心地よくて、安心した。
* * * * *
あれから、時間があればこの丘に来ることが多くなった。俺の住む城からはかなり離れていて、しかも隣国との境界線の辺りの丘らしい。でも、面倒だとか、暇なら部屋で休もうとか、そういう風には思わなかった。この丘が気に入っていたからというのもあるが、何よりも。
「やぁ、ロール」
「あら、グレン。もう来ていたの?」
あんなにも嬉しそうに寄ってくる、彼女に会いたかったからだ。
「聞いて! 今日はね、サンドウィッチを持ってきたの」
一緒に食べましょう?
彼女はニコニコと可愛らしい笑顔を見せながら、手に持つバスケットの中を見せる。そんな彼女が、愛しくて堪らなかった。
でも、それは決して恋愛感情なんかではなくて。さながら、妹に対する家族愛のようなものだった。
俺には兄弟が一人もいないから、彼女の存在は俺の気持ちを穏やかにさせた。
俺たちは、他人から見たらどういう関係なんだろうと、一度考えたことがある。友人と呼ぶには、俺たちは互いのことを知らなさ過ぎた。
たとえば、俺たちはファミリーネームを名乗っていない。
俺の場合、シルヴェーヌの人間だという彼女に、ファビウスの王族の者だと知られてはいけないから。さらには『グレン』という名だって、城の親しい者に呼ばれている愛称だ。
嘘を付いていること、秘密があること、そのことに何故か心が痛んだ。
* * * * *
「う〜ん……」
自室のベッドにダイブして、うんうんと唸っていた。それというのも、グレンの様子がいつも以上に変だったから。
知り合ったのは最近けど、私はグランのことを、
「私、なにか変なこととか言っちゃったのかしら? でも……」
彼にだけは嫌われたくない、そう思うくらいに好きだったから。
それはきっと、きっと、恋愛感情なんかではないけど。
そう、きっと、初めてできた男の子の友達だから、嫌われたくないって思うだけ。
「う〜……?」
「ラウル? 入るわよ?」
小さな私には大きな部屋の扉が開かれる。
「何を唸っているの? 悩み事?」
「……ねーさま」
お姉様は9歳年上で、とても優しくて、綺麗な方。お姉様は、そんな風に優しく微笑みながら、私のいるベッドに腰掛ける。
その反動で、少しだけ布団が沈んだ。
「悩みというか、その、友達が元気がないようだったので」
心配で……。
ボソボソと何とも聞き取りにくい声で、そう告げた。
姉は何も言わず、でも、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。
「姉さま?」
「貴女は優しい子ね。とても」
そうやって綺麗に笑みながら優しく優しく紡がれる言葉に、私はちょっぴり顔が赤くなった。
「自分以外の人のことを、友達のことを思いやることができるのは、とーっても素敵なことだわ。それは、誰でも誰にでも出来そうだけど、なかなか出来ないことだもの。貴女のような姫は、多くの民にも慕われるわ、きっと」
お姉様の言葉は、すごく私の中に沁み込んでいくようで。
そして、ずっと私の頭を撫でてくれている手は、優しくて心地よかった。けれど、グレンのものとはやっぱり違うから、そのことに違和感を感じて、少し悲しかった。
「そのお友達を大切になさいね。ラウルは、その子に色んな優しさを教えてもらったのでしょう?」
「はい、姉さま」
でもいつしか、姉の手がグレンのもののように感じられて、
(あしたも、あえるかな……たのしみ、)
その心地よさに意識を手放した。
* * * * *
「お帰りなさいませ、王子」
「……気色が悪いからやめてくれないか、オズウェル」
かなり不機嫌な顔をして相手の顔を見れば、本人は腹を抱えて笑っていた。何がそんなに面白いのか、分かりたいとも思わないから、無視して自室へ戻ろうとする。
「あー! なんで置いていくんですか、グラディスお〜じ!!」
無駄に絡んでこようとするオズウェルに、着いてくるなら少しは黙れ、と睨みを利かせた。
「それにお前も王子だろ、一応。王位継承権は持ってるんだから」
「それとこれとはちょっと違うんだよ。ほら、グレンは王サマの息子だから」
オレは王サマの弟の息子で、次男だから〜。
陽気に、その内歌い出すんじゃないかと思うような声で言った。
コイツは、この明るさを取ったら何も残らなくなるんじゃないかと思うくらい、いつも笑っている。それが救いのように思うときもあるが、今日のは五月蝿いだけだ。
「ま、それは置いといて」
その場に耐えられなくなったのか、コホンッとオズウェルは切り出した。
「何? ……もしかして、それが本題?」
「よくわかったな!」
得意げに言うオズウェルの頭を、思い切り叩いた。
「いで。……なんかさ、さらに関係がヤバくなってきてるらしいぜ、シルヴェーヌとの」
告げられた内容に、思い切り眉間にシワを寄せた。
「聞いた話によると、お前の親父サマが痺れを切らしたとかなんとか。
どーするよ、戦争とかになったら。ウチの王サマ、何気に喧嘩っ早いからなー」
(戦争……ロールが暮らしている国と?)
なんだか考え出したらキリがなくて、思わず溜め息が出た。
「ぁれ〜、お疲れですか? あ、それとも恋煩い?!」
グレンにも春が来たー!!?
暗い雰囲気を取り去るために出たのだろうそれは、あまりにも大きな声で、とりあえず五月蝿くて仕方がなかったので殴っておいた。最近、コイツをよく殴ったりしている気がするのは、気のせいだろうか?
横暴だよ、王子! なんて叫んでいるが、この際は無視だ。
「そんなんじゃないから。恋とか、そういうんじゃ、ないから」
自分の口から出た声は、冷たくも聞こえたし、悲しくも聞こえたし、無感情にも思えた。
沈黙が、その場を覆う。
さっきオズウェルが叫んでいたから、余計静かに思えた。
「悪いけど、もう部屋戻る。疲れてるから」
耐え切れなくなって、その場を離れようとする。
でも、オズウェルがそれを許さなかった。
「まあまあ、そう言いなさんな。ここは一つ、剣を交えてみませんか?」
「は?!」
「訓練を怠ることなかれ。そうと決まれば、レッツゴー!!」
反論する間もなく、引っ張られていく。でも最近、こういうのも悪くないかなって、思うようになってるな俺。
フフッって不気味な笑い声が聞こえて顔を上げると、オズウェルがニヤニヤした顔で俺を見ていた。
「最近さ、グレン丸くなったよね! オレうれしー」
「……言ってろ」
ふざけたような、でも本当に嬉しそうなコイツの言葉に、不覚にもテレてしまった。
だけど、不思議と嫌な気はしなくて、俺も笑った。
(明日も、行こっかな)
無理矢理にでも時間を作って、彼女に会いに行こう。
俺にしては、珍しくワクワクしながらそう決めた。
彼らはまだ知らない。
この物語の、10年後に迎える物語の結末を。
まだ知らなくても良いことだ、それぞれの行く末は。
その運命の日までは、また丘の上で
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『丘の上へ』に続きます。実はそっちが本編。